「時間と場所」からの解放で変化する娯楽業
~伸びる競馬、縮むパチンコ~
12月は1年の中で最も多忙な月であるとされるが、冬休みに入る月であることもあり、娯楽業が盛り上がる月でもある。娯楽業を巡っては、新型コロナウイルスによって大打撃を受けた後、着実に回復を続け、足もとではコロナ前の水準で安定的に推移している1(図表1)。一見、コロナ前への単純な回帰のように見えるが、内訳をみると業種ごとに状況は異なっている。
特に顕著な違いが生じているのは、競馬とパチンコだ(図表2)。競馬とパチンコに関しては、2015年に競馬がパチンコをはっきりと追い越し、その後も競馬が伸びる中で、パチンコが縮む傾向が続き、両者の差の拡大は続いていた。そして、2020年の新型コロナウイルスの拡大が、こうした動きに拍車をかけた。コロナ禍において競馬は大きく水準を切り上げ、反対にクラスター発生のリスクがあると槍玉にあげられたパチンコは水準を切り下げた。
興味深いのはその後の競馬の動きだ。経済活動が正常化する中でもコロナ前の水準に回帰するのではなく、上昇傾向での推移が続いている。より解像度を高めるためにJRAの資料2を確認すると、開催場入場人員についてはコロナ禍で急減し、その後回復するも元の水準には戻していない(図表3)。その動きは、パチンコやボウリング場、映画館など、コロナ後に水準を切り下げている他の娯楽業の活動指数(図表4)と同様であり、突出した強さは示されていない。
では、競馬の強さの秘密は何なのか。その答えは、総参加人員3の拡大にある。JRAの資料からは競馬の総参加人員がコロナ後に大きく水準を切り上げていることが確認できる(図表5)。背景となったのはインターネット投票の躍進だ。インターネット投票自体はコロナ前にも存在したが、コロナ禍における在宅時間の長期化、非接触に対する意識の高まりの中で、インターネット投票は主な投票手段としての地位を確立した。2023年における売得金4のうち、インターネット投票の割合は中央競馬では約8割、地方競馬では約9割に達しており5、在宅や非接触の必要性が低下する中においても、インターネット投票は中心的な投票手段となっている。インターネット投票の普及によって、消費者が時間と場所から解放され、総参加人員がコロナ前から水準を切り上げたことが、競馬が躍進した主要因と言えるだろう。
注意するべきなのは、時間と場所からの解放が全ての娯楽業にとって必ずしもプラスにはならない点である。例として、映画館が挙げられる。映画館の活動指数については、上映作品の人気・不人気による振れはあるものの、コロナ禍以降に水準を切り下げている(図表4再掲)。コロナ禍における動画配信サービスの急速な拡大6によって、いつでもどこでも映画やドラマを視聴できることができるようになったことから、映画館に不可逆的な客離れが生じたものとみられる。先述のパチンコやボウリング場についても、時間と場所の障壁によって消費者にとっての相対的な魅力度が低下している可能性がある。
娯楽業とインターネットの結びつきはコロナ以前から生じていたものであるが、コロナ禍によってその利便性が広く認知されることとなった。結果、多くの消費者が娯楽業のサービスを受けるにあたって時間と場所から解放され、このことが娯楽業の勢力図を変化させる要因となっている。時間と場所からの解放は今後も一つのテーマとして、娯楽業の在り方や消費者の余暇時間の過ごし方への変革をもたらすことになるだろう。
- 本稿では特別な断りが無い限り、各業種の動向は経済産業省「第3次産業活動指数」の季節調整値によるものとしている。
- https://www.jra.go.jp/company/about/outline/growth/pdf/g_22_01.pdf
- 開催競馬場の入場人員に電話・インターネット投票、パークウインズ、場外発売所の利用者数を加えた延べ人数。
- 勝馬投票券の発売金から返還金を引いた金額。
- https://www.maff.go.jp/j/chikusan/keiba/lin/attach/pdf/index-71.pdf
- Netflixの日本国内の有料会員は1,000万世帯を突破し、2024年の流行語大賞にも同社オリジナルドラマ「地面師たち」のセリフである「もうええでしょう」がノミネートされたことなどに示されるように、動画配信サービスは日本社会に急速に普及している。