「ジョブ型」時代の職場マネジメント ~「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」から考える~
1.ジョブ型の働き方への注目
ここ数年「雇用慣行の変革」が叫ばれるなど、日本の雇用や働き方に係る議論や提言がなされてきた1。
中でも、新型コロナウイルス感染症への対応としてリモートワークが広がり、時間や場所にとらわれない働き方を選択できる環境整備が急速に進展している。
こうした状況下で、職務内容を明確にして成果で処遇する「ジョブ型」の人事制度への関心が企業の間で高まっている2。今年9月に経済産業省が公表した報告書でも、特にグローバル競争下の企業を念頭に「ジョブ型」雇用の促進の必要性に言及している3。
ジョブ型が注目される背景には、リモートワーク中心の働き方では労働時間の管理が困難で、従業員間の対話や連携も不足しがちであるから、個人の職務を明確にし、その成果により評価を行い生産性を高めなければならない、という考え方がある。しかし、ジョブ型が求められる本質的な理由は、予測困難なVUCA4の時代に、戦略実現に必要な人材を柔軟に調達するジョブ型の人材マネジメントシステムが求められているためである5。
2.ジョブ・ディスクリプション(job description; 職務記述書)とは何か?
ジョブ型の働き方の基礎となるのが、職務の内容・範囲・責任・目的、要するスキル・技能、資格等を記した文書であるジョブ・ディスクリプション(職務記述書、以下「JD」)である。職務を明確にすることで、適材の獲得・配置、業務上の重複・空白排除、業務効率化、公平な評価等を実現するとされる。
ポイントは、多くの日本企業が取り入れてきたMBO(Management by Objectives:目標による管理)では、目標達成度と併せてプロセスや職能(職能資格制度における職務遂行能力。専門性ではなく総合的能力と考えられる)6も重視される傾向があるのに対して、JDは、成果や専門性を重視している点にある。
3.日本の雇用契約と「ジョブ型の働き方」を実現するアプローチ
次に日本と海外の雇用契約の違いを概説しつつ、日本企業がジョブ型の働き方を実現する道筋を考える。
(1)日本の雇用契約(メンバーシップ型雇用契約)
日本を除く多くの国では、具体的職務を特定し雇用契約を締結する「ジョブ型雇用契約」が主流である。他方、日本の雇用契約は、「メンバーシップ型雇用契約」が主流であるとされる。これは、「職務の定めのない雇用契約」であり、雇用契約に「ジョブ(職務)」は記載されない。「メンバーシップ型雇用契約」は、日本の雇用システムの基礎であり、ここから「職能・年功賃金」や「雇用維持」などの特徴が導き出されてきたとされる7。こうした雇用システムは、長い年月を経て歴史的に日本企業全体に定着した独自の雇用慣行であり、激変は容易ではないとされる8。
(2)日本企業が「ジョブ型の働き方」を実現するアプローチ
日本企業が「ジョブ型の働き方」の導入を検討するアプローチは、自社で評価や報酬面等の人事制度全体でジョブ型を導入しようとするものと、従来型のメンバーシップ型の人事制度を残し、この制度の下で働き方をジョブ型のものに変えていこうとするものの2つに大別できる《図表1》。
前述の通り、メンバーシップ型雇用が歴史的に形成された独自の雇用慣行であり、激変は容易ではないことを踏まえると、現時点では後者に着目すべきであろう9。
前者には主に労働市場の流動性等の社会基盤の変化が求められるのに対し、後者にはジョブ型の働き方を支える企業の基盤づくりが多く求められることがわかる。
4.ジョブ型の働き方を実現するための職場でのJDの活用
次に上記《図表1》「②メンバーシップ型人事制度の下でのジョブ型の働き方」における「実現に必要な視点」のうち、ジョブ型の働き方の基礎となる「JD」に関する課題を考察する。
(1)業務遂行上的確で柔軟なJDの策定
「ジョブ型の働き方」を導入し、個人の職務を明確にする目的は組織目標の達成であって個人プレーを尊重することではない。組織パフォーマンスを向上させるには、これまで以上に詳細な職務の可視化を行ったうえで、業務全体に支障を及ぼす業務の空白や、業務効率化を阻害する業務の重複が極小化されたJDの策定が求められる。
また、環境変化等によって、当初策定したJDにはない職務が組織内で発生し得るため、業務指示の権限と遵守に係る規定の明確化が必要になる。環境変化に対応するためには、JD自体を柔軟に見直すことも必要である。また、組織内外の他の職務との連携、あるいは、経験の浅い従業員の育成のため複数の従業員間で同一の職務内容等を一部共有させる場合には、各人の権限、責任、技能や連携上の役割等を個人別に定めなければならない。
(2)企業戦略や組織目標と整合したJDの策定
組織目標を達成するため、メンバーのJDのすべてが企業戦略や組織目標と整合的でなくてはならない。これによって、個々のメンバーによるJDに基づく専門性を発揮した成果の達成が、組織目標の実現に結びつくことになる。
(3)JDの達成度を高めるためのプロセス、スキル・技能向上への支援
ジョブ型の働き方では、JDの達成や成果が重視されるため、各人のこれに結び付くプロセスを支援するマネジメントがMBOでのプロセス支援以上に重要になる。
また、成果と同様に専門性が重視されるため、労働市場の流動性が高まり人材の社外調達が容易になるまでの間は、スキル・技能についても管理層が支援し、JDに応え得る人材に育成していかねばならない。加えて、社内でのキャリアアップへのサポートも必要になる。
5.むすび
JDをベースとしたジョブ型の働き方は、すでに専門性を有した従業員を対象に考えると、モチベーションや集中力、適性・専門性の発揮などの面でメリットが期待できるであろう。
他方、日本のメンバーシップ型雇用システムから流動性の高い労働市場を前提としたジョブ型雇用システムへの移行期では、前者の下で、職務ではなく主に組織への帰属を期待されて採用され、人事異動を繰り返しながらキャリアアップしてきた現有の従業員をジョブ型の働き方に適応させていく取組みが必要になる。
こうした現有の従業員が自身のJDを前向きに捉え、社内でスキルや技能を習得しながら専門性を高めて成果を残していくには、職場の管理層に、JD策定、プロセス支援、スキルやキャリアアップへのサポートなど、これまで以上に高度なマネジメントが求められる。
日本型のジョブ型の働き方への取組みは、その対極にある「日本型雇用システム」の中での、新しい挑戦である。今回取り上げたJDという文書やこれに基づく評価、報酬制度を専門職や管理職のみを対象に導入しただけで企業の高い生産性や柔軟な人材調達が実現するわけではない。職場の管理層を中心に、従業員、本社管理部門、経営層が試行錯誤を繰り返しながら、海外企業の模倣ではない、日本独自の「ジョブ型の働き方」が実現されていくことを期待したい。
- 日本経済団体連合会(経団連)「Society 5.0-ともに創造する未来-」(2018 年 11 月 13 日)や、経団連が国公私立大学の代表者と共に構成する「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が取りまとめた「採用と大学教育の未来に関する産学協議会・報告書 Society 5.0 に向けた大学教育と採用に関する考え方」(2020 年 3 月 31 日)など。後者では、「今後は、日本の長期にわたる雇用慣行となってきた新卒一括採用(メンバーシップ型採用)に加え、ジョブ型雇用を念頭においた採用(ジョブ型採用)も含め、学生個人の意志を尊重した複線的で多様な採用形態に秩序をもって移行することが必要となる。」としている。また、内閣府「令和元年度 年次経済財政報告」では、「日本的雇用慣行は、多様な人材の活躍、イノベーションや生産性向上が必要とされる昨今においては、多くの変革すべき課題を抱えている」としている。
- コーン・フェリー「ジョブ型人事制度の導入実態を調査―大企業の 7 割がジョブ型へと舵を切っていることが明らかに」(2020年 6 月 15 日)、日本経済新聞「導入相次ぐ「ジョブ型」雇用、成功の条件とは」(2020 年 7 月 22 日)等各種報道・企業発表に基づく。
- 経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」(2020 年 9 月)。経済産業省は 2020 年 1 月、「経営環境の変化に応じた人材戦略の構築を促し、中長期的な企業価値の向上」をさせる観点から、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を立ち上げた。同年 9 月に同研究会が公表した本報告書では、「特に、グローバルマーケットで競争している企業において、ポストに求められる職務内容を明確にし、その職務の遂行に必要なスキルを有する人材の活躍を促す「ジョブ型」雇用の促進が求められる。」としている。
- VUCA は Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字。
- 日経 BP Human Capital Online「戦略的ジョブ型導入のススメ(前編)「とにかくジョブディスクリプション」に“待った”」 (2020 年 9 月 29 日) (visited Dec. 9, 2020)
https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/sp-plan/091500122/ - 職能とは職務遂行能力のことで、実際に従事している職務とは切り離された、一般的な潜在能力とされる。個々の従業員の職務遂行能力を評価した資格(職能資格)に基づいて賃金を決定する職能給が、日本の典型的な賃金制度として 1960 年代後半以降確立した。一般的な潜在能力は通常年齢や勤続と共に高まると考えられ、職能給は年功賃金としての要素を持ったという。濱口桂一郎「日本の雇用と労働法」(日本経済新聞出版社、2011 年 9 月)。
- 濱口桂一郎「日本の雇用と労働法」(前掲注 6)ほか各種文献をもとに記述。
- 新卒一括採用や定年制といった日本型雇用システム下での特徴は、教育制度や公的年金制度といった雇用システム以外の社会の制度とも関連するなど、社会の仕組みが日本型雇用システムをもとに年月をかけて形作られてきた。佐藤嘉倫「「働く仕組み」と合理性」(日本学術協力財団「学術の動向」、2020 年 6 月)ほか。
- メンバーシップ型雇用を維持したまま「ジョブ」を明確にした働き方をすることには、その効果に懐疑的な見方もある。他方、ジョブ型への移行に向けてメンバーシップ型とジョブ型のハイブリッドにしていく方法や、企業の成長段階や業種等によりメンバーシップ型からジョブ型雇用に雇用のポートフォリオを組織全体で順次移行する方法など、メンバーシップ型を企業の一部あるいは全体で維持しつつジョブ型を採り入れる方法を提起する論説もある。前掲注 3 など。
- メンバーシップ型雇用の下でのジョブ型の働き方においても、職務での成果のみで報酬を決める場合や、報酬のうち給与は職能も加味する一方で賞与は職務での成果のみで決める場合など、バリエーションがある。
- 日本経済新聞「ジョブ型でも解雇と無縁 SAP、成長促すドイツ流 働き方 innovation 正社員って何だろう(9)」(2020 年 8月 3 日)、および月刊先端教育(2020 年 12 月号)「SAP のグローバル人事戦略」(先端教育機構)
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