マイナ保険証による医療DX推進の取り組み
~公費負担医療受給者証との一体化で利便性を実感~
1.はじめに
2024年12月2日から、健康保険証利用登録したマイナンバーカード(以下、マイナ保険証)の利用促進にむけ、健康保険証の新規発行が終了する。マイナ保険証の利用促進は、医療DXを加速していく上で避けて通れない。しかし、2024年10月時点のマイナ保険証利用率は15.7%に留まっている1《図表1》。今後、健康保険証が徐々に失効していくことでマイナ保険証の利用が進んでいくと予想されるが、マイナ保険証の利用に不安を感じている人は依然多い2。
そうした中で、マイナ保険証と国や自治体が実施する子ども医療費等の公費負担医療受給者証との一体化を進め、利用者の利便性を向上させる事業が始まっている。本レポートでは、同事業を先行実施している自治体・医療機関の取り組みから、医療DXを推進していくためのヒントを探る。
なお、現在の健康保険証は最大で1年間利用できる。また、マイナンバーカードを保有していない場合や健康保険証利用が未登録の場合は健康保険組合等の保険者から「資格確認書」が申請なしで発行され3、これまで通りの医療を受けられるように配慮されている《図表2》。
2.マイナ保険証の利用により期待される効果
(1) マイナ保険証による本人確認・データ連携の仕組み
最初に、マイナ保険証を利用した医療DXの仕組みと、医療DXにより医療機関で利用できるデータを確認する《図表3》。
患者は、医療機関を受診した際、顔認証付きカードリーダーにマイナ保険証をかざして受け付けする。医療機関は「オンライン資格確認等システム」に照会して本人の健康保険資格の有効性を確認する。その時、患者は過去の診療・健診情報や、処方・調剤情報を当該医療機関が閲覧することに同意するかどうかを選択する。同意すると、医療機関は「オンライン資格確認等システム」や「電子処方箋管理サービス」に照会して、同意した本人の過去の他の医療機関での受診分も含めた診療内容や健診情報、処方・調剤情報・重複投薬のチェック結果等を閲覧して医療を提供できる。なお、処方・調剤情報・重複投薬のチェック結果に関しては、電子処方箋を導入した医療機関のみが閲覧できる。
従来通り、患者が健康保険証や資格確認書を持参して医療機関を受診した場合は、医療機関の職員が保険者番号等を目視で確認し、システムに手入力転記することで、健康保険資格の有効性が確認される。この経路では、マイナ保険証で行われている顔認証や暗証番号認証が採用されておらず相対的にセキュリティレベルが低いため、他の医療機関での診療情報等を医療機関が閲覧することはできない4。また、医療機関は患者がマイナ保険証を用いて同意してから24時間以内に限り患者の情報を閲覧可能となっている。患者の医療情報の機微性に配慮した運用がなされている。
(2) マイナ保険証の利用により期待される効果
マイナ保険証による本人確認・データ連携の仕組みには、様々な効果が期待されている《図表4》。
まず本人は、過去の診療情報等を医療機関で有効活用してもらえることで、日常的に質の高い医療を受けられるようになる。救急・旅先・災害時等でかかりつけ以外の医療機関を受診した場合でも、マイナ保険証さえあれば、かかりつけの医療機関のように過去の診療情報等に基づいた医療を受けやすくなる。さらに、マイナ保険証の利用によって受診時の医療費が少額だが低くなるよう設定されており、自己負担を軽減する効果も期待できる。加えて、就職・転職・扶養区分の変更等で保険者の変更が生じた場合でも保険証更新の手間が生じず、高額療養費の適用を受ける場合の手続きも簡素化されるため、手続き上の利便性も向上する。
医療機関においては、デジタル化による事務負担の軽減、業務効率化が期待されている。これは、診療報酬の加算により後押しされている。
(3) 期待される効果の発揮に向けた課題
マイナ保険証には様々な効果が期待されているものの、実際には様々な課題がある。
①医療機関が閲覧できる情報の使いやすさに難点
マイナ保険証の利用によって医療機関が閲覧できる診療情報は、診療から1カ月程のタイムラグが生じる。このタイムラグは、診療情報を医療機関が保険者に診療報酬を請求する際に作成する診療報酬請求書から抽出しているために生じる。健診情報に関しては保険者が保有している健診情報から抽出するため更に大きなタイムラグが生じる。また診療報酬請求書は診療行為や処方した薬剤の情報で構成されているため、検査結果やアレルギー、医療者への感染の危険性がある感染症といった情報が不足しており、質の高い医療を提供していくためには情報の拡充が必要である。
②電子処方箋が普及していない
医療機関が電子処方箋を導入することで、処方・調剤情報の即時性と情報量が拡充し、重複投薬や併用禁忌のチェックも行われる。しかし、電子処方箋は普及率の向上5が課題となっている。
③マイナ保険証以外の提出物があるため利便性を感じにくい
健康保険証からマイナ保険証への切り替えで利便性が向上しても、診察券や、国や自治体が運営する子ども医療費助成制度等の公費負担医療を利用する場合の受給者証等、マイナ保険証以外の提出物がある。診察券や公費負担医療の受給者証の受け付けはこれまでどおり窓口等で行う必要がある。このことは、マイナ保険証への切り替えによる患者の手続き上の利便性向上と医療機関の事務負担の軽減を大きく阻害していると考えられる。
抜本的な患者の利便性向上、医療機関の事務負担軽を実現するためにはもう一段踏み込んだ対応が求められる。これらの課題は、複数の施策を組み合わせて解決していく必要があり、政府はそれぞれの課題を解決するための施策を検討している6。次節では、その施策の一つである、マイナ保険証と公費負担医療の受給者証の一体化により、患者の利便性を向上し医療機関の事務負担を軽減する取り組みに着目する。
3.マイナ保険証を利用した公費負担医療の資格確認の仕組み
(1) 公費負担医療の利用状況
国や自治体が運営する公費負担医療には数多くの制度が存在する。生活保護法、障害者総合支援法、児童福祉法、難病法、感染症法等により公費負担医療が提供されている。自治体が独自に運営するケースもあり、身近な例として子ども医療費助成制度が挙げられる。これらの公費負担による医療費は、医療費全体の7.5%を占める7。公費負担医療の適用を受ける患者数は、患者全体の2割程度を占めるとみられる8。近年は自治体による子ども医療費の助成が普及しており、特に子ども世代とその扶養者にとって、公費負担医療は身近なものとなっている。
(2)マイナ保険証とPMH(Public Medical Hub)による公費負担医療の資格確認
デジタル庁は、患者が医療機関においてマイナ保険証で受け付けを行った際に、健康保険の資格情報や診療・健診情報等に加えて、公費負担医療の資格情報を取得できる「PMH(Public Medical Hub)」システムの構築を進めている《図表5》。
PMHには公費負担医療を実施する自治体が資格情報を登録する。医療機関は、患者が顔認証機能付きカードリーダーでマイナ保険証を用いて受け付けする際に公費負担医療の受給者証としての利用に同意することで、PMHから公費負担医療の資格情報を取得する仕組みとなっている。この仕組みを活用して、マイナ保険証と公費負担医療の受給者証を一体化できる。従来はマイナ保険証で受け付けする時にも必要であった、公費負担医療の受給者証の提示や手入力による資格確認が不要となる。
4.マイナ保険証を利用した公費負担医療の資格確認の先行導入事例
(1) 先行実施事業
デジタル庁は、マイナ保険証とPMHによる公費負担医療の資格確認の仕組みを先行導入する自治体への補助事業を実施している9。2023年度の先行実施事業では5自治体が採択され、2024年3月末ごろから運用が開始されている。2024年度も範囲を拡大して実施しており、2024年12月から2025年3月にかけて、新たに180自治体での運用が始まる。その後、2026年度から全国での運用が開始される予定となっている10。
(2) 愛知県一宮市における取り組み
愛知県一宮市は、市立の市民病院を対象医療機関として2023年度の先行実施事業に参加し、2024年3月から運用を開始している。
市が独自に実施する子ども医療費・心身障害者医療費・母子父子家庭等医療費等の助成だけでなく、障害者総合支援法、児童福祉法、感染症法、母子保健法に基づく給付も幅広く対象となっている11。市の事業担当者へのヒアリングによると、運用を開始した3月から10月までにマイナ保険証で健康保険の資格確認を行った患者のうち、公費負担医療の資格確認も行った患者は13.7%を占めた。市が実施する子ども医療費・後期高齢者福祉医療費・障害者医療費の給付で利用されるケースが多い。
病院では、患者の利便性を重視した運用がなされている。市民病院を受診する患者は、顔認証付きカードリーダーでマイナ保険証を読み取ることで健康保険の資格確認が行われる。その際に、「医療費助成の各種受給者証を利用しますか?」という質問に「利用する」と同意すると、公費負担医療の資格情報がPMHから市民病院に提供される。なお、この要領はポスターに判りやすく掲示されている《図表6》。
利用者にも好評のようだ。利用者アンケートでは96.7%が「とても便利」・「便利」と回答しており、回答者全員が「また利用したい」と回答している。市民病院からも、公費負担医療の資格情報の手入力が自動化され、事務負担が軽減したとの声が上がっている。
(3) 秋田県由利本荘市における取り組み
秋田県由利本荘市は、市内および隣接するにかほ市の26の医療機関(病院・診療所・歯科診療所・薬局)を対象医療機関として2024年3月から先行実施事業の運用を開始している。同市は2022年12月に「マイナンバーカード利活用宣言」を公表し、マイナンバーカードを積極活用する姿勢を示している。地域の医師会・歯科医師会・薬剤師会と連携して医療機関へPMHの説明会を行い、多くの医療機関の参加を実現した。
マイナ保険証で公費負担医療の資格を確認できるのは、地方単独(県と市)で実施する福祉医療制度(子ども、ひとり親世帯児童、重度心身障がい(児)者、高齢身体障がい者が対象)の助成と、障害者総合支援法に基づく給付である12。市の事業担当者によると、運用開始以降の利用者は徐々に増えてきており、10月にマイナ保険証で公費負担医療の資格確認を行った件数は4月の6~7倍程度にまで増加した。乳幼児や子ども向けのクリニックを中心に利用が進んでいる。
市民にも受け入れられつつあるようだ。8月に子ども医療費の受給者証更新時に対象世帯(本事業の対象医療機関を利用していない世帯も含む)にアンケートを実施したところ、PMHによる資格確認の仕組みを利用して受診したいとの回答は6割程度を占めた。一方で、マイナンバーカード自体への不安が利用の障害になっているという声も寄せられた模様だ。
医療機関の業務を効率化する効果も表れてきている。公費負担医療の受給者証を持参せずに受診する患者がいた場合、医療機関から市に電話で受給資格情報を確認して医療機関での自己負担を無くす事務処理が行われている。市の事業担当者によると、マイナ保険証と一体化されることで医療機関から市への電話照会が減った実感があるそうだ。医療機関側の電話照会の事務負担も同様に軽減されているとみられる。
(4) 更に効果を発揮していくための課題と対応
両市の取り組みから、マイナ保険証を利用した公費負担医療の資格確認が患者の利便性を向上し、医療機関の事務負担を軽減する効果を発揮している様子が伺える。一方で、本事業が更に効果を発揮していくための課題も浮き彫りになっている。
①対象医療機関の拡大
患者の利便性を向上していく上では対象医療機関の拡大が必要だが、医療機関には顔認証付きカードリーダーの改修等の対応が求められる。また、マイナ保険証の利用による顔認証や資格情報との紐づけのエラーへの対応等の新たな事務負担が増える懸念や、従来は月1度行っていた健康保険証での資格確認が来院の都度必要となることで顔認証付きカードリーダーが混雑し、利用者の利便性を低下させてしまう懸念を持つ医療機関もあるとみられる。
デジタル庁は、2024年度の先行事業の対象となる自治体の対象医療機関のシステム改修費を補助している13。先行実施自治体は、2024年12月以降のマイナ保険証の利用に伴う医療機関の事務負担の状況を確認しつつ、由利本荘市の例も参考に補助金を活用したい意向の医療機関や、乳幼児・子ども向けのクリニック等の参加を募ってはどうだろうか。
②県外の医療機関を受診したときの公費負担分の償還払い
患者が県外の医療機関を受診した場合、県外の医療機関では他県の自治体の公費負担医療の医療費の計算や請求ができないため、患者が窓口で公費負担分の医療費を支払い、自治体に事後請求する仕組み(償還払い)となっている。そのため、マイナ保険証で公費負担医療の資格情報を確認できても窓口負担は必要となり、患者の利便性、自治体の償還払い事務の効率化を妨げてしまう(現状では結果的に、先行実施事業の対象医療機関は県内医療機関となっている)。
政府は、公費負担医療を適用して受診した際の医療費・自己負担額を算出する「共通算定モジュール」の2026年度からの運用を目指している14。この仕組みの整備と並行して、2026年度にマイナ保険証による公費負担医療の資格確認が全国展開されることで、県外の医療機関を受診したときの償還払いの廃止が可能になるとみられる。
③マイナ保険証以外に診察券の提出が必要なため利便性を感じにくい
マイナ保険証を健康保険証や公費負担医療受給者証の代わりに利用できるようになっても、医療機関の再診予約等に利用する診察券の管理は依然として必要となる。複数の医療機関を受診する患者には、多数の診察券を保管してその中からその日に利用する診察券を探して持参する手間が生じている。
従来から、医療機関のシステム改修により、マイナンバーカードに診察券の機能を持たせることは可能であった。しかし、マイナ保険証の利用率が低く、公費負担医療の受給者証等の他の提出物がある環境では、患者の利便性向上・医療機関の事務負担を軽減する効果は限定的であったとみられる。今後、マイナ保険証の利用率が向上し、公費負担医療の受給者証との一体化が進むなかで、診察券も一体化する意義は高まっていく。デジタル庁はマイナ保険証と診察券の一体化に伴う医療機関のシステム改修への補助も実施している15。
5.マイナ保険証の円滑な利用、医療DXの促進に向けて
本稿では、2024年12月に健康保険証の新規発行が終了するタイミングで、公費負担医療の受給者証との一体化が進むマイナ保険証の効果と課題を確認した。政府の医療DXの各施策が進捗する中で、マイナ保険証の利便性は徐々に高まってきている。特に、マイナ保険証と公費負担医療受給者証の一体化により、子ども世代とその扶養者の利便性が向上する。これらの取り組みにより、マイナ保険証利用への受容性が高い人々に対しては納得感のある形でマイナ保険証の利用を促進していける可能性がある。
一方で、マイナ保険証の利用に関する患者・医療機関双方の不安も依然として存在した。患者に対しては、マイナ保険証の利用や紛失等によって生じ得る損害とそれに備える方法を整理・周知して安心感を醸成するといった不安に寄り添った対応が求められる。医療機関に対しても、マイナ保険証への切り替えに伴う混乱が生じないよう、エラーへの対応方法やシステムの改修に伴う補助金を十分に確保して周知するといった、懸念に応える対応を行っていく必要があるだろう。
- 厚生労働省「マイナ保険証の利用促進等について」(2024年11月)。
- 例えば、アイスタット「マイナ保険証に関するアンケート」(visited Nov. 28, 2024)
< https://istat.co.jp/investigation/2024/08/result > によると、「マイナ保険証は、個人情報の漏れや悪用されるのではないかといった不安を生じない」との問いに「そう思う」と答えた人は15.0%に留まった。 - 前掲注1。
- 医療機関に同意書を書面提出することで診療情報等の閲覧を認める運用や、医師による口頭の同意取得で電子処方箋情報の閲覧を認める運用も行われている。
- デジタル庁のWEBサイト(visited Nov. 28, 2024) < https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/electronic-prescription > によると、2024年10月27日時点の導入率は、病院2.3%、医科診療所6.1%、歯科診療所0.5%、薬局52.3%となっている。
- 医療機関が閲覧できる情報を拡充するために「電子カルテ情報共有サービス」の運用が一部医療機関で2025年度から予定されている。電子処方箋の普及を促進するために、地域の中核病院である公的病院への導入が進められている。また、院内処方箋も電子処方箋の対象とすることで病院へ導入を促進し、そこから地域の薬局・診療所への普及を目指している。
- 厚生労働省「令和4(2022)年度 国民医療費の概況」(2024年10月)。
- 厚生労働省「令和2年患者調査」(2023年2月)によると、2020年10月の患者数1,211.3千人に対して公費の対象となる患者数は延べ319.6千人(26.4%)と推定されている。
- デジタル庁「令和6年度(2024年度)先行実施事業 採択自治体一覧」(2024年11月15日更新)。令和5年度先行実施事業の採択自治体は、宮﨑県都城市、秋田県由利本荘市、長崎県大村市、愛知県一宮市、熊本県熊本市の5自治体。
- 内閣官房医療DX推進本部「医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕」(2023年6月)。
- 一宮市のWEBサイト(visited Nov. 28, 2024)
< https://www.city.ichinomiya.aichi.jp/shiminkenkou/hokennenkin/1044112/1000150/1059661.html >。感染症法に基づく結核患者の医療、母子保健法に基づく未熟児養育医療は2024年10月から実施。 - 由利本荘市のWEBサイト(visited Nov. 28, 2024) < https://www.city.yurihonjo.lg.jp/1000007/1002046/1009616.html >。
- デジタル庁のWEBサイト(visited Nov. 28, 2024) < https://www.digital.go.jp/policies/health/public-medical-hub#public-offering > によると、2025年2月1日まで申請を受け付けている。
- 厚生労働省「診療報酬改定DX対応方針(案)」(2023年4月)によると、2026年度の運用開始予定となっている。
- 前掲注13。
PDF:MB
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