不動産ビッグデータを活用した空き家対応・予防対策コストの推計
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1.はじめに
空家等対策の推進に関する特別措置法(2014)が施行され、1,397の市区町村では空家等対策計画の策定が進められている(2022年現在)。また、改正空家特措法(2024)によって、将来管理不全化する恐れのある空き家(特定空家)に対する課税措置が適用され、自治体が早期に空き家を特定し、予防対策を打つことが緊急課題とされている1。
そのような状況から、空き家を特定する手段の一つとして、不動産ビッグデータに注目が集まる。その背景には、2024年4月から不動産の登記申請が義務化されたことがある2。今後、全国の不動産動向の広範囲な把握が可能になれば、空き家の早期特定や予防につながることが期待できる。
本稿は、空き家関連法の改正や、登記申請が将来的に進むことを念頭に、相続登記情報を活用した空き家特定のための調査方法と事業化を検討した。全国の自治体が策定する空き家対策計画に寄与する方法論の確立を目指して、空き家の将来予測、空き家対応・予防対策コストの推計3、空き家予備群の対応策について試案した。
2.本稿の分析フロー
(1)対象地選定の考え方
本稿では、静岡県浜松市をケーススタディとした。選定の観点は次の3点である。①三大都市圏の一つである名古屋から約100km圏内に位置し、将来的に人口規模を維持できる蓋然性が高い、②人口10万人に対する死亡率が1,197.2と全国平均(1,285.8)と近似し、今後、相続物件(空き家予備群)が全国同様に発生する蓋然性が高い、③不動産登記申請の割合が高く(2023年時点で、死亡者数に対する相続登記申請件数の割合が100%超)、相続登記情報を使った空き家予防対策の検討に適している。また、①②から、今後、中古住宅市場の活性化が見込まれる点も選定の背景にある。
浜松市は、名古屋から約100km圏内に位置する静岡県の政令指定都市で、人口約80万人の県下最大の自治体である。2023年時点で空き家は約46,700戸4(全住宅戸数に対する空き家の割合、いわゆる空き家率は12.8%)、うち、利用目的がない「その他空き家」は17,700戸と推計されており、全国同様、空家等対策計画が策定されている。2018~2023年にかけて空き家は700戸増加しているが、増加率は全国平均と比較して低く抑えられ、空き家対策がうまくいっているケースと言える。
(2)空き家対応・予防対策コストの推計方法
研究のフローを≪図表1≫に示した。まず、①住宅・土地統計調査から2023年時点の空き家数を抽出し、②不動産登記受付帳と不動産登記情報(所有者事項)とを紐づけ2023年1月~12月に相続登記申請された件数を算出、③住民基本台帳から2023年死亡者数を抽出した。次に、将来の空き家数について、①~③を用いて3つのシナリオを設定し、推計した。最後に、3つのシナリオごとに、将来10年間の空き家対応・予防対策コストを推計している。
将来10年間の空き家対応・予防対策コストの推計には国土技術政策総合研究所「空き家対策に関する効果・コスト推計ツール」を活用した。本ツールは、空き家対応・予防対策コストを被説明変数とし、国土技術政策総合研究所が割り出した、市町村の規模に応じた空き家対応・予防対策にかかる人件費ならびに補助金等の金額を説明変数としている。ただし、本ツールは人口や世帯の将来推計にもとづく空き家数の増加については考慮されていないため、空き家対応・予防対策コストは割安に見積もられる可能性がある点に留意が必要である。
≪図表1≫のインプットデータで示した相続登記情報の概要を≪図表2≫に示している。本稿では、不動産ビッグデータ提供事業を展開するスタートアップ企業TRUSTART社が保有する不動産登記受付帳と不動産登記情報(所有者事項)を紐づけ、シナリオ設定に使用しており、赤字箇所が本稿で使用した項目である。
(3)空き家の予防対策の検討方法
空き家の現状分析には、所有者情報(世帯種別、高齢化率等)、経済指標(地価、市場滞留期間)、立地特性(鉄道からの距離等)、建物状況(空き家率、築年数、床面積等)などを参照することが多い5。本研究では、不動産登記受付帳および不動産登記情報(所有者事項)から得られる情報で、かつ、空き家発生要因とされている①所有者の居住地、②所有者の共有持分、③立地(徒歩分数)の3指標を用いて、クラスタ分析を行い、空き家を3タイプに分類した。また、浜松市が実施している対策も参照しながら、空き家の予防対策を検討した。
3.空き家対応・予防対策コストの推計結果
2023年時点の空き家数46,700戸を起点として、次の3つのシナリオを設定した。
まず、シナリオ1は現在の水準から増加要因を見込んでいない。
シナリオ2は、2023年の相続登記申請件数(不動産登記受付帳に基づく)である10,700件ずつ、空き家が毎年増加することとした。相続された不動産が全て空き家予備群となるシナリオになっているが、実際は10,700件よりも少なくなると推定される。
シナリオ3は、2023年の死亡者数(住民基本台帳に基づく)と同数である9,644戸ずつ、空き家が毎年増加するとした。死亡者すべてが不動産を所有し、空き家予備群となるシナリオになっているが、これも実際は9,644戸よりも少なくなると推定される。
尚、相続登記申請者数が死亡者数を上回るのは、2024年4月から始まる相続登記申請の義務化が後押しし、過去に遡って申請した物件と思われる。
シナリオ1では、2023年時点で約46,700戸だった空き家が、今後10年間で200戸程除去されると仮定し6、緩やかに減少する≪図表3、左≫。シナリオ2、3では、毎年1万件程度の空き家予備群が積算するため、シナリオ1と比較して、3倍以上空き家が増える。
空き家対応・予防対策コスト推計ツールを使って、将来10年間の空き家対応・予防対策コストを推計すると、将来的に空き家数が増えないと仮定したシナリオ1の場合、1年目は1千百万円程度で、空き家の除去が進むことで、若干減少している。これに対して、シナリオ2、3は、1年目はシナリオ1と大差ないが、空き家予備群が累積することで10年後に累積2億3千万~4千万円前後かかることになる≪図表3、右≫。2023年時点での空き家数が増えない場合と比較すると、10年間の累積額には2倍以上の差がある。
以上から、空き家対応・予防対策コストを抑えるには、空き家予備群をいかに早く特定するかがカギになるだろう。また、それらの基礎情報をもとに、空き家予備群に対する効果的な予防対策の検討が必要になる。
4.空き家の予防対策の検討
浜松市は、主に一戸建ての空き家対応策を中心に実施しているため、まず、不動産登記受付帳(2023年1月~12月)に記載された建物および建物が建っている土地7のみを割り出した8。つぎに、①徒歩分数(駅からの距離)、②所有者の居住地、③共有者数の3つの指標から、非階層クラスタ分析(K-means)9により3つのクラスタに分類し、各クラスタに含まれる①~③の構成要素を踏まえ、クラスタごとに名称を付した≪図表4≫。そして、各クラスタの空き家予防対策の方針を検討した。
クラスタ1は、相続人が1人であり、かつ相続人となり、所有者が市内など近距離に居住しているタイプ(741件)である。相続不動産が単独持分の場合、意思決定がしやすく、市内居住者は比較的コンタクトが取りやすい。このため、交通条件や建物状態が比較的良好な物件に関しては、改修・売却することで中古市場の活性化にもつながると思われる10。その際、売却した場合にかかる所得税や住民税に対する控除(譲渡所得の特別控除制度)11等を活用することができる。また、地銀、信金等の金融機関の解体・改修ローン12等を活用することも一計だろう。こうした解体・売却までの一連の意思決定に対して、行政や民間企業の伴走型支援を促進することが重要になる。
クラスタ2は、相続時に共有持分となり、また、交通条件不利地13にあるタイプ(27件)である。一般的に、相続人が複数いる場合、売却のための合意形成が難航するのに加えて、交通条件不利地にあるため買い手が付きづらく、売却インセンティブが働かないケースがある。このような物件は、管理不全化する前に、早期に除去する必要がある。解体のための公的補助金(空家等除去促進事業費等)を活用しつつ、解体後の跡地を公共のオープンスペース等として活用することも有効だろう。
クラスタ3は、所有者が県外などの遠方に居住しており、かつ交通条件不利地にあるタイプ(37件)である。所有者が遠方にいる物件は、コンタクトが取りづらいのに加えて、交通条件不利地にある場合、売却が難しく、所有者不明化する可能性が高い。このため、行政から所有者へ早めに通知することや、上記同様に解体を促す必要があるだろう。
5.相続登記情報を活用した、空き家対応・予防対策の事業化検討
以上を踏まえ、相続登記情報は、空き家の対応・予防対策コストの推計や、空き家予備群の特定と具体的な予防対策の検討に有効なツールとなる可能性がある。今後は、空き家予防対策に必要な予算を見積もる際など、自治体で試用されることで、より現実との乖離が少なくなることが期待される。
今回の試案は、将来人口推計にもとづく空き家数の増加を考慮していないため、将来人口推計を加味すると、対応・予防対策コストが本推計より割高になる可能性がある。一方で、シナリオ3では死亡者数すべてが不動産を所有し、空き家になると仮定したため、現実にはもっと低額になる可能性があるなど、増減双方のブレについては、将来のシナリオ設定をさらに検討する必要がある点についても留意したい。
空き家の対応・予防対策にかかるコストは、人件費や解体・改修のための補助金のほか、相続登記情報の基盤整備等にかかる予算確保や、「景観の悪化」「ゴミなどの不法投棄等の誘発」「防災や防犯機能の低下」といった外部不経済コストも重要であり、かつ多額になる。外部不経済も含めたコストを明らかにすることが今後の課題であり、その結果、空き家の発生予防により政策資源が配分されることが望ましいと考えられる。
本稿は、都市計画実務家発表会(TRUSTART社との共同研究)での内容を精査し執筆したものである。
- 宮本万理子(2024):空家対策は早期の実態調査から~事後対応策から予防対策への転換~、SOMPO Insight Plus
- 宮本万理子(2024):相続登記の義務化は空き家、所有者不明土地問題の解消につながるか?、SOMPO Insight Plus
- 空き家対策は、市町村が空き家に対して行う対策全般のことで、「空き家対応」と「予防的対策」の2つを含んでいる。空き家対応は、市町村の調査等や周辺住民の通報により存知された空き家に対し、市町村として行う対応のことで、例えば、所有者調査、現地調査、空家法14条における代執行などがある。予防的対策は、空き家が管理不全状態になることを予防するための対策のことで、例えば、空き家の適切な管理に関するパンフレット等の配布やポスター掲示、空き家の除去に関する補助事業の実施などがある。
- 令和5年度住宅・土地統計調査の数値に基づいており、実態よりも過大な推計値であることに留意が必要。
- 益田理広・秋山祐樹(2020):日本国内における近年の空き家研究の動向、地理空間13-1、1-26
- 国土技術政策総合研究所「空き家対策に関する効果・コスト推計ツール」では、同研究所独自調査の結果をもとに、市町村の規模と対応を要する空き家について、1年間で管理等が改善する空き家の割合を設定して空き家除去数を算出している。
- 不動産登記受付帳に記載された「土地」のうち、建物とセットで申請されている物件数を推定し使用した。推定には申請種別「単独」および外筆「1」に該当する物件を抽出している。
- 相続不動産と最寄駅からの距離、所有者居住地については、住所から距離を算出しているが、紐づけができない物件に関しては除外している。
- 最終的なクラスタ数を決めてからグルーピングを行う手法で、ビッグデータの分析に適した手法。各データとクラスタの重心の距離から類似度を算出し、グルーピングする。
- 宮本万理子・岡田豊・池邊このみ(2024):世帯の小規模化から見た空き家動向、Sompo Institute Plus Report、Vol.84、25-42
- 被相続人の居住用財産(空き家)を売った場合の3,000万円の特別控除の特例がある。
- 宮本万理子(2024):空き家対策から地方創生へ~これからの地銀、信金に求められる役割~、ニッキンレポート
- 本稿では、便宜上、交通条件不利地は最寄駅からの距離が21分以上の物件を指している。
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