ヘルスケア・ウェルビーイング

ドイツにおける介護の質の評価のあり方

主任研究員 江頭 達政

少子高齢化の進展する日本では、要介護者が増加する一方で介護者が不足し、介護サービスの質の低下が懸念される。介護の質をどのように評価するのか、過去から検討されているものの様々な課題がある。日本が公的介護保険制度導入時に参考としたドイツでは、介護の質の評価を制度化し、試行錯誤しながら評価を実施している。ドイツの事例をもとに、日本に参考となる情報を整理する。

1.日本における介護の質を巡る議論の動向

(1)介護の質評価の課題

日本では少子高齢化が急速に進んでいる。高齢化の進展に伴い、要介護認定者数は年々増加の傾向にあるが、一方で介護人材の不足が顕著となっている。介護人材が不足する要因は様々あるが、厚生労働省は介護職員の処遇改善、人材確保に向けた対策を進めている1

増加する要介護者を不足する介護人材によってケアしていくため、より少ない介護人材による効率的なケアが検討されているが、一方で提供される介護サービスの質が低下する懸念もある。

2021年12月、内閣府規制改革推進会議において、「介護施設における介護サービスの生産性向上」が議題となったが、テクノロジーを活用した効率化によって人員配置基準を緩和することと同時に、提供される介護サービスの質を確保することが重要だと認識されている2

(2)介護の質を評価する主な取組


医療や保健医療政策の分野における「質の評価」には、①ストラクチャー(専門職の数、資格あるいは医療機関の規模など)、②プロセス(医療内容の適切性、医療従事者の患者に対する接遇など)、③アウトカム(医療によって患者にもたらされた健康状態の変化)の3要素によるアプローチが広く用いられている3。介護の質評価についても同様のアプローチが適用される。

日本における介護の質を評価する取組には、どのようなものがあるのか。まず、2006年4月から始まった「介護サービス情報公表システム」がある。これは、介護保険法により各事業者がサービスの質の評価を行うことが義務付けられたものである。公表されている内容は、提供サービス内容、利用料等などの「基本的項目」と、サービスの質の確保への取組、相談・苦
情等への対応などの「事業所運営にかかる各種取組」である。これらは事業者からの報告内容がベースとなっており、また公開されている情報はストラクチャーおよびプロセス指標の一部に限られている。

次に、社会福祉法に拠り指定介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)などを対象に、公正・中立な第三者機関が専門的・客観的な立場から評価を行う「福祉サービス第三者評価」がある。ただし、評価を受ける義務はなく努力規定となっており、評価対象は、ストラクチャー、プロセスに限られている。

さらに、事業者インセンティブと連動した「介護報酬でのサービスの質の評価」が導入されている4。ここではアウトカム評価が一部含まれているが、ストラクチャー、プロセスに対する評価が中心となっている。

このように、日本では介護サービスの質を評価する様々な取組があるが、これらが必ずしも相互調整されずに実施されているなど課題が指摘される5。これらの全体像をまとめると図表 1のようになる。

以前から、アウトカム評価の項目設定や、質の評価に資するデータの収集・蓄積が困難であるとの課題が認識されている。その主な理由として以下が挙げられている。例えば、どのような内容をアウトカム評価の項目として設定すべきかの判断が価値観の違いや個人の思想信条の相違に左右されるため、評価項目の設定についてコンセンサスを得ることが難しいと指摘されている。また、高齢者は身体・精神機能の悪化・改善を繰り返すことが多く、評価する時点によって全く異なった判定となり得ることから評価時点の設定が困難であるとも指摘されている。

介護の質をどのように評価するか、様々な考え方がありうるが、上述のとおり日本ではアウトカム評価の項目設定やデータ収集・蓄積に苦慮している。日本が公的介護保険制度導入時に参考としたドイツでは、介護施設の質を評価する取組が進んでおり、アウトカム指標も対象とし、データ収集が行われている。ドイツの介護施設の質の評価事例をもとに、日本にとって参考となる情報を整理することとする。

2.ドイツにおける施設介護サービスの質の評価のあり方

(1)ドイツの公的介護保険制度と施設介護

ドイツでは日本より先行して1995年から公的介護保険制度が導入されている。なお、日本と比較すると、被保険者に年齢制限がないこと、医療保険の被保険者がそのまま介護保険の被保険者となること、在宅介護において現金給付の選択が可能であるなどの違いがある。また、高所得層などは、公的な介護保険に加入する代わりに、民間保険会社が提供する介護保険に加入できるようになっている。

2016年まで主に身体的な介護支援に必要な時間によって3段階の介護等級区分が設けられていたが、2017年より新たな認定基準が設けられた。新基準では、従来の「時間」で判定する仕組から、身体的または精神的な「自立度」により判定する仕組になり、認知症患者は以前より高い等級区分に認定されることとなった。

ドイツでは在宅介護が中心となっており、ドイツ連邦統計局によると2019年時点で331万人が居宅サービスを、81万人が施設介護サービスを必要としているとのことである6。介護事業者数は増加傾向にあり、2019年における入居介護施設数は11,317に上る7

(2)ドイツにおける介護施設の質の評価

介護保険制度が始まった1990年代後半、介護施設の質の悪さが「ホームスキャンダル」として問題視され、介護の質を確保するための施策の見直しが行われてきた8

2008年7月、介護保険発展法にて介護施設に対する質の評価が導入され、審査結果が公表されるようになった9。しかし、中立機関Medizinischer Dienst der Krankenversicherung(以下 MDK という。)による審査では、書類審査が中心で多くの施設が一様に高い評価を得るに至った。当時の連邦保健大臣は「すべての施設に『非常に良い』と評価を与えるのは第三者評価に値しない。」と発言し10、新しい審査方法、その結果の開示のあり方を科学的に開発することとなった。2019年10月から介護施設を対象に新しい審査制度が開始されている。「新しいシステムは、施設に関するより多くの情報を提供し、品質の違いをより認識しやすくなるはず」と保険者である疾病金庫連合会(GKV)の保健部門責任者はコメントしている11

(3)新しい質の評価のあり方

社会保障法典第11編(公的介護保険)第112条以下に、品質保証に関する定めが存置されている。新制度における質の評価は、①指標を使用した内部品質管理、②外部審査、③結果の公表という三本柱で構成されている。

①指標を使用した内部品質管理

指標とは、入居者に提供されたケアの結果を測定するための手段と捉えられ、3分野、10指標から成る。介護施設はこれらの指標に関するデータを自ら集め、年2回、データ収集機関へ送付する。データ収集機関では収集されたデータを評価し、データは外部審査時にも使用される12。例えば入居者がどの程度移動可能で自立しているか、褥瘡を患っている入居者数や転倒事故の件数などが指標となっている。

10指標のうち6指標は、「良い」もしくは「悪い」ケアの結果(アウトカム)を示すもの、残りの4指標はストラクチャーまたはプロセスを示すものである。具体的な10指標は図表 2のとおりとなる。

②外部審査

社会保障法典11編(公的介護保険)第114条において、品質チェックのために州介護保険基金がMDK(または民間保険の検査機関)に審査を命じることが定められている。また同第116条において、介護施設に審査費用の支払義務があることが明記されている。

すべての施設が2019年11月から2021年6月までの間に一度、その後は毎年、外部審査を受ける。結果が良好な施設は 2021年7月以降、隔年で審査を受けることになる13。9人の入居者を対象に審査が行われるが、うち6人は施設訪問前にデータ収集機関が無作為に抽出、残りの3人は審査チームが施設訪問時に無作為に抽出する。

外部審査の内容は、図表 3のとおりである。ケアとサポートを包括的に対象とし、「移動と自立」や「病気や治療に対する支援」のみならず、「日常生活・社会とのつながりの支援」も対象となる。評価される24項目のうち21項目は、入居者のパーソナルケアに関連する。それぞれの項目に関して、「A:異常や欠陥なし」~「D:入居者に悪影響を及ぼす欠陥あり」までの 4 段階で評価される。

③結果の公表

公表される内容は、介護施設に関する情報および外部審査の結果である。後者は図表 3の24項目それぞれ
について4段階で評価され、保険者である介護金庫のウェブサイト上で公表されることとなっている。

3.最後に

ドイツでは介護施設における質の評価が制度化され、一元的に管理されている。過去の経緯から見ると、「質の外部評価と公表」をベースにしながらその実効性を高め、内部品質管理につながる指標データの収集、外部機関による審査、結果の公表という現在のあり方を科学的に開発した。

介護施設がプロセスのみならずアウトカムに関連するデータを自ら収集し、外部機関であるMDKが審査を行い、結果を公表することで透明性が担保されている。一方で、データ収集、審査を行うことによる負荷、コストも発生する。利用者から見ると、アウトカム評価を含む施設データ、外部審査の結果を同時に公表内容から把握することができ、利便性が高いものと言える。ただし、新制度はスタートしたばかりであり、新制度への評価はこれからである。

日本では介護保険制度創設時から、サービスの質を適切に評価する取組の重要性が指摘され、これまでにも様々な取組が行われている。ドイツと比較すると、日本では事業者インセンティブと連動した「介護報酬でのサービスの質の評価」が導入されていること、第三者機関による評価は義務ではないこと、質の評価がストラクチャー、プロセス指標中心であるなど質の向上に向けたアプローチは異なる。

アウトカム評価項目の設定、質の評価に資するデータの収集、蓄積が困難という課題も残る。アウトカム評価に対する考え方は、過去に次のように整理されている14。まず、利用者の状態改善に取り組む質の高い事業所にインセンティブを与えることは重要であると指摘し、直接的にアウトカム評価を行うことは問題点が多いが間接的に評価する方策は考えられる(アウトカム指標と関連のあるストラクチャー指標、プロセス指標等を評価する)としている。また、評価方法の検討には事業所・施設にとって負担とならない仕組によるデータ収集が必要との考え方を表明している。考え方の大きな方向性は現在まで変わっていない。本稿で紹介したドイツを含む諸外国の事例も参考としつつ、アウトカム評価項目の設定、アウトカムデータ収集や審査にかかる負荷、実効性なども考慮のうえ、質の確保に向けた全体像を考えることが必要となる。

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