「リバース・メンタリング」とは、上司や先輩社員がメンターになって若手をサポートする通常のメンタリングに対し、若手が上司に助言する逆方向(リバース)の人材支援活動の仕組みで、3つの進展段階がある《図表2》
今後は、対等の立場で影響を及ぼし合うことができる場づくりや、組織戦略としての活用が鍵となるとされており9、最新の研究でもリバース・メンタリングにはミレニアル世代の人材流出防止、多様性とインクルージョンの推進等の面で利点があると指摘されている10。
人口減少による働き手の減少から、現在のシニア活用の論点は定年延長や再雇用等の「雇用の長期化」と、起業を含めた地域におけるシニアの多様なニーズに応じた「就業機会の確保」に集中している。
これからは、シニア自身の強みをもっと引き出していこうという論点も求められていく。
シニアの強みは、知恵、胆力、思慮深さ、専門性、人脈といった長年の経験によって培われたものであろうが、海外ではこうしたシニアの強みを引き出し、イノベーションや価値創造につなげていこうという取り組みがある。
今回は、米国「シカゴ・イノベーション」において2018年に始まった、シニア層と若年層とが年齢を超えて互いのメンターになる「エイジレス・イノベーター」というプログラムを紹介する。
シカゴ地域は、米国のテクノロジー・イノベーションハブの中でも、フィンテック、製造業、製造業分野におけるIoT、物流、交通インフラ、エネルギーなど多様な分野間のコラボレーションが盛んで、分野の垣根を越えたイノベーションによって多くのスタートアップが生まれている1。特にヘルスケアテクノロジー企業のイノベーションハブとして近年注目を集めている2。2018年のシカゴのスタートアップによる資金調達は140件、18億ドル、企業による投資は22億ドルに上り、14,000人の新規雇用を生んでいる3。
これらを支援するアクセラレーターやインキュベーターも数多く設立されており、こうした起業やイノベーションの機運の高まりによってイノベーション・エコシステムの構築が進んでいる4。
シカゴ・イノベーションは、2001年からシカゴにイノベーション・エコシステムを構築しようと活動してきた主要アクセラレーターのひとつである5。
シカゴ・イノベーションは「イノベーターを教育し(educate)、つなぎ(connect)、そして称賛(celebrate)することによって、シカゴに活気あるエコシステムを創出する」ことをミッションに掲げている6。インクルーシブネスを重視して分野を超えた参加者同士の関係によるコラボレーションの橋渡し役を担う。
シカゴ・イノベーションでは、3つの主要プログラムを実施している。ひとつは女性起業家のネットワーキングを支援するための「ウィメン・メンタリング・コワーク」である。2つ目は、子供たちに科学・技術・工学・数学分野での発明を競わせ、表彰する「シカゴ・スチューデント・インベンション・コンベンション」である。
シカゴ・イノベーションが2018年から始めた3つ目のプログラムが「エイジレス・イノーター」である。「エイジレス・イノベーター」では、シニア層と若年層とが年齢を超えて互いのメンターになる。目標や経歴によってシニアと若者のイノベーターのペアが作られ、相互のメンタリングを通じて学習することに加え、多数のペア間での継続的な対話や助言によってシカゴ地域のイノベーターとの世代を超えた交流や協働の機会が与えられるプログラムである。28歳から62歳が参加している7。
プログラムは、相互メンタリングを中心として《図表1》に示す多様なサポートによって構成されている。
まだ始まったばかりの取り組みであるが、シカゴ・イノベーションという実績あるアクセラレーターの試みであることから注目を集めている。シカゴ・イノベーションの幹部は、「効果測定はこれから。まずは世代を超えたイノベーションのためのコミュニティ、エコシステム作りを目指す(ことに意義がある)。」と述べており、当面は枠組みづくりに力を入れながら成果を待つ姿勢を見せている8。
「世代間の相互メンタリング」が仕組みの中心を担っているこのプログラムは、一般的な先輩から後輩へのメンタリングに加えて、1999年に初めてGE(ゼネラル・エレクトリック社)が開始して以降欧米の企業や大学で試行錯誤されている「リバース・メンタリング」の考え方を応用したものと考えられる。
「リバース・メンタリング」とは、上司や先輩社員がメンターになって若手をサポートする通常のメンタリングに対し、若手が上司に助言する逆方向(リバース)の人材支援活動の仕組みで、3つの進展段階がある《図表2》
今後は、対等の立場で影響を及ぼし合うことができる場づくりや、組織戦略としての活用が鍵となるとされており9、最新の研究でもリバース・メンタリングにはミレニアル世代の人材流出防止、多様性とインクルージョンの推進等の面で利点があると指摘されている10。
シニアをイノベーションに積極的に結び付けていこうとする取り組みとしては、地域のシニア本人が中心となって、大学・研究機関、行政、企業等が一堂に会してシニアの健康管理や生活向上など地域社会が持つ様々な課題への実行可能な解決策を見いだすための共創の場である11「リビングラボ」が代表的である。「リビングラボ」では、商品、サービスの企画、開発、評価、テスト、改善等の共創のプロセスにシニアがユーザーとして参画する。ユーザーをイノベーションの源泉とみなし、製品やサービス等のサプライヤーが、それらを利用するユーザーの行動様式を理解して新しい洞察を獲得する目的で、実際の利用環境の中で新しい製品・サービス・ソリューションを創出する「ユーザーイノベーション」としての取り組みである点が特徴である12。
他方、今回紹介した「エイジレス・イノベーター」は、シニアをイノベーションの源泉と位置付けている点は「リビングラボ」と同じであるが、シニアの能力自体を起点にしている点が、「ユーザーイノベーション」と位置付けられる「リビングラボ」と異なる。
「エイジレス・イノベーター」は、シニアの能力をポジティブに認識し、イノベーションのための世代を超えた交流、協働の仕組みによって、イノベーションの源泉のひとつとされる「知と知の組み合せ」13を生み出すことを企図していると考えられ、この点が最大の特徴と思われる。
また、「エイジレス・イノベーター」における世代間の相互メンタリングを通じた専門的な経験、スキル、視点を共有するプロセスは、イノベーションを導くマネジメントに係る研究で著名な米ハーバード・ビジネススクールLinda A. Hill教授がイノベーションの特徴として挙げる「イノベーションは専門性と経験を持った人たちのコラボレーションから生まれる。」との考え方14とも符合する。
加えて、「エイジレス・イノベーター」が、米国で研究が進んでいる若年層を含めたエイジズム(年齢による差別)を解消する世代間の相互尊重や、シニア労働者と若年労働者を統合した革新的で生産的なチーム作りの観点で評価されている15ことからも、この取り組みが世代間の交流、協働による価値創造プロセスであることが窺える。
シニアによるイノベーション創出について、現在日本では「生涯現役社会の実現のための一方策」として「高齢者起業」に力を入れており、2016年に創設された「生涯現役起業支援助成金」等、国や各地方自治体は、助成金、補助金、融資等の支援策を講じている。地域では、「シニアベンチャークラブ」を組成するなど、シニアの起業によるイノベーションの創出を目指した取り組みも行われている。
他方企業では、職員が希望すれば70歳まで働き続けられる制度整備の一環として、定年廃止や再雇用など雇用機会を確保する措置が現行の65歳から70歳まで延長されることに加え、起業支援や社会貢献活動に従事する場合の資金提供等も選択肢とし、2021年4月からいずれかの措置を講じることが努力義務とされる見通しである。
日本企業は、シニアの雇用機会の確保を求められていく一方で、イノベーションの創出や生産性の向上などを目指して終身雇用制度や年功序列制度といった日本型雇用慣行からの脱却も目指さねばならない。こうしたなかでは、シニア社員はもちろん50歳代後半以降のシニア社員予備軍を、低賃金労働力としてだけでなく、競争力の源泉として活用する視点が求められるのではないだろうか。
企業がシニア社員をイノベーション創出のための内部資源として生かすためには、人事や組織マネジメントといった社内制度やノウハウによるアプローチに加えて、今後は、「エイジレス・イノベーター」のように、イノベーティブな事業開発にチャレンジする若手や若いチームとシニアとが相互に学び合いながら協業・共働を目指すアプローチも一考の価値がある。
実際、最近では、若手社員とシニア社員が相互作用的に密に接し合い影響し合うことをイノベーションにつなげようとする実践的な手法も紹介されている(メンバー相互のリスペクトや意思決定の柔軟性、組織としての共通目標等)16。こうした手法は、「世代を越えた協業・共働」を検討、実践するうえで有効であると思われる。
心理学における知能の加齢変化に係る研究では、環境変化に適応するために新しい情報を獲得、処理、操作する動作性の知能である「流動性知能(fluid intelligence)」は60歳ごろから低下を始める一方で、個人が蓄えた経験や知識、言語能力、理解力、洞察力等を活用して異なる文脈や状況に応用する知能である「結晶性知能(crystallized intelligence)」は70歳代まで維持されるケースが多いとされる。前者が処理のスピード、直感力、法則を発見する等の能力であり、後者は聴覚的な情報処理や語彙力、言葉を使った説明や思考に長けている能力である17とされる。こうした点からも、シニアには世代間の相互作用に資する能力を持つ資源として着目する価値があろう。
今後は、シニア社員が長年積み上げてきた経験、知識、専門性、説明力、思考力、胆力、人脈といった多くのナレッジと、若手社員が持つ最新テクノロジーの活用等による情報分析の技能、新たな学習による環境変化に適応する能力、スタートアップ企業等の同世代の経営者とのネットワーク等を企業の中で融合させ、これをイノベーションや新しい価値の創造に活かしていく試みも有用であると考えられる。
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